日本最大の貝塚集落杜だ。
加曽利貝塚は明治二十年代からすでに有名で、北貝塚(直径一五〇メートル)と南貝塚(同一七〇メートル)とが「8」字状に連結している日本最大の貝塚である。
発見された土器は縄文中期の「加曽利B式」、後期の「加曽利E式」で、縄文時代の編年上の基準となった点でも、考古学史上の記念碑的な存在。
調査が進むにつれ、貝塚は干貝加工の"工場跡"の可能性が強く、それよりも縄文全期にわたる「むら」(集落)の発展過程を知るうえで貴重なもので「むら」そのものが博物館ともいえる。
昭和三十七~三十八年の開発造成工事で破壊の危機に直面し、全国的な保存運動を背景に三十九年の北貝塚買収後、四十一年十一月、博物館の開館となった。